まず結論:「補助金で研究者給与を払う」は原則できない。でも補助金は使える
ディープテック・研究開発型スタートアップが成長を加速させる上で、最大のボトルネックの一つが研究者・PhDホルダーの採用だ。
アカデミアからの転職者、海外大学卒の博士人材、特定技術領域のエキスパート──これらの人材は高給与・高待遇が前提であり、資本が潤沢でないスタートアップには重い負担になる。
「補助金で研究者の給与を賄えないか?」という相談は現場でよく受ける。結論を先に言う。
人件費を直接補填する補助金はほぼ存在しない(プロジェクト型を除く)。ただし、補助金を「研究者採用を可能にする環境整備コスト」に転換することはできる。
本記事は、研究者採用特有のコスト構造と、補助金の現実的な活用法を整理する。
ディープテック企業が研究者採用で詰まる3つのコスト
コスト1:給与ギャップ(アカデミア比200〜400万円高)
日本の大学・研究機関で博士号を取得した研究者が民間企業に転職する際、年収ギャップは一般的に200〜400万円になることが多い。
ポスドク(年収350〜450万円程度)が、スタートアップに移る際に「700万円以上でないと動けない」というケースは珍しくない。海外大学出身・産業技術経験ありの研究者であれば、1,000万円超の提示が必要なこともある。
スタートアップにとって、研究者1名の採用は採用コスト込みで初年度1,000〜1,500万円以上のコストインパクトになり得る。
コスト2:採用プロセスコスト
研究者採用は、通常の中途採用と異なりエージェントに頼れないケースが多い。理由は以下のとおり:
- 専門性が高すぎてエージェントが評価できない: (量子・バイオ・材料等)
- 学術ネットワーク採用が主流: (学会・論文著者への直接アプローチ)
- 海外人材採用の場合、ビザ・在留資格の手配コストが発生
専門人材紹介会社を使う場合は年収の30〜35%が相場で、年収700万円の研究者なら採用手数料だけで210〜245万円になる。
コスト3:定着コスト(研究環境整備費)
採用後に研究者が離職する最大要因は「研究環境が整っていない」こと。具体的には:
- 実験設備・装置の不足: (必要な機器がなく研究が進まない)
- 論文発表・学会参加時間の未確保: (民間では発表機会が制限される)
- 研究テーマの自由度の低さ: (事業化優先で純粋研究が後回し)
定着のための研究環境整備費は、人件費と同等かそれ以上のコストになることがある。
補助金で「人件費を払う」ことの限界
率直に言う。研究者の継続的な人件費を補助金で賄うことは、制度設計上ほぼ不可能だ。
主な理由:
- 補助金は「事業活動の経費」を対象とする。人件費が補助対象になるのは、補助金事業の直接従事者のみで、かつ時間按分が必要
- 継続性がない。補助金は単発・期間限定(1〜3年)。「補助金で人を雇う」と補助期間終了後に人件費が一気にのしかかる
- 採用自体への補助はごく限定的。日本の補助金制度は設備・システム等の「投資」を主な対象としており、人材費補助は雇用系助成金の枠組みになる
研究者採用に活用できる制度マップ
補助金・助成金・税制の区分を整理した上で、実際に活用できる制度を紹介する。
1. 雇用系助成金(厚生労働省管轄)
キャリアアップ助成金(正社員化コース)
- 概要:: 有期雇用から正規雇用に転換した際に支給
- 金額:: 1人あたり最大80万円程度(中小企業)
- 活用場面:: 最初に有期契約で研究者を採用し、一定期間後に正社員化する際
- 注意:: 「最初から正社員」では対象外。有期→正社員の転換ステップが必要
中途採用等支援助成金(中途採用拡大コース)
- 概要:: 中途採用比率を一定以上引き上げた場合に支給
- 金額:: 最大60万円(中小企業・一定の引き上げ率達成時)
- 活用場面:: 研究者を含む中途採用を複数名実施する際
- 注意:: 比率要件の達成が必要。単発採用では対象になりにくい
2. 研究開発型補助金(プロジェクト型)
NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)研究開発事業
- 概要:: 国の戦略的な研究開発テーマに対して、研究開発費(人件費含む)を補助
- 金額:: 数千万〜数億円規模(テーマ・フェーズによる)
- 活用場面:: グリーン・バイオ・量子・AI等の指定テーマで研究開発を実施する企業
- ポイント:: **人件費(研究者の給与)が補助対象になる**。ただし採択難易度が高く、申請・報告の管理負荷が重い
戦略的基盤技術高度化支援事業(サポイン)
- 概要:: 中小企業の特定技術(部品・素材・製造プロセス等)の高度化を支援
- 金額:: 最大4,500万円(3年間)
- 活用場面:: 製造業・素材系ディープテック企業
- ポイント:: 研究開発に関わる人件費(直接従事者分)が補助対象
中小企業新事業進出補助金(研究開発系の枠)
- 概要:: 新規事業進出に伴う設備・システム等を補助。一部枠で人件費が対象
- 活用場面:: 研究開発設備の導入と合わせて計上する場合
- ポイント:: 人件費の直接計上は枠・申請内容による。コンサルへの確認が必要
3. 研究開発税制(税額控除)
試験研究費の税額控除
- 概要:: 研究開発費(人件費含む)の一定割合を法人税から控除
- 控除率:: 6〜14%(中小企業は最大17%、オープンイノベーション等で加算あり)
- 活用場面:: すべての研究開発投資に自動的に適用(申請不要)
- ポイント:: 補助金ではなく税制だが、研究者人件費の実質コストを下げる効果がある。補助金と組み合わせれば二重の恩恵
4. 産学連携系補助(間接的活用)
中小企業産学官連携支援事業等(地域版含む)
- 概要:: 大学・研究機関との共同研究に伴う費用を一部補助
- 活用場面:: 大学ラボの研究者を外部人材として関与させつつ、並行してスカウトする場合
- ポイント:: 採用コストの代替として「共同研究から採用へ」という流れを作れる
現実的な補助金活用法:「環境整備でコストを転換する」
研究者給与を補助金で払うことはできない。しかし研究者が「来たくなる・居続けたくなる」環境の整備コストには補助金が使える。
具体的には:
① 実験・研究設備の導入 → ものづくり補助金・中小企業新事業進出補助金
研究者が「この設備があるから入社する」と思えるレベルの装置・システムを整備。補助金が設備費を賄えば、その分を給与原資に充てられる。
② 研究開発システムの整備 → 中小企業デジタル化・AI導入支援事業費補助金
データ管理・解析ツール・実験管理システム等の導入費用を補助金で賄う。
③ 海外研究者招聘コストの一部 → 産学連携補助・地域版補助金
都道府県によっては海外からの高度人材招聘に補助を出している場合がある(例:特定の産業振興補助)。
博士人材採用で知っておくべき3つの注意点
注意1:「補助金採用枠」として募集するのはNG
「NEDOプロジェクトで採用します」「補助金期間中のみの雇用です」という採用は、優秀な研究者から敬遠される。研究者は継続性を求めており、補助金終了後の雇用が保証されない採用には応じにくい。
注意2:処分制限に注意(5年以上の設備)
補助金で導入した設備・装置は処分制限期間中(通常5年)は売却・廃棄・目的外使用が禁止される。研究テーマの変更や事業ピボット時に設備が「足かせ」になるケースがある。特にディープテックは研究方向が変わりやすいため、設備購入前に処分制限条件を確認すること。
注意3:補助金申請中の採用タイミング
補助金の交付決定前に研究者を採用し、その人件費を「補助金事業の直接経費」として計上しようとしても、交付決定後の費用しか補助対象にならない。採用タイミングと補助金スケジュールの調整が必要。
結論:補助金は「採用のための環境整備」に使い、給与は自己資本で確保する
研究者・PhDホルダー採用において、補助金の役割は以下に整理できる。
| 用途 | 補助金の使い方 | 推奨制度 |
|---|---|---|
| 研究設備・装置の整備 | ✅ 積極的に活用 | ものづくり補助金・サポイン |
| 研究開発システム | ✅ 活用可 | デジタル化補助金 |
| プロジェクト型人件費 | ✅ 活用可(NEDO等) | NEDO・サポイン |
| 採用コスト(エージェント費) | ❌ 基本対象外 | — |
| 継続的な研究者給与 | ❌ 原則対象外 | 税制(試験研究費控除)で代替 |
| 正社員転換時の一時金 | ✅ 活用可 | キャリアアップ助成金 |
研究者採用で真に重要なのは「補助金で給与を払う」ではなく、補助金で研究環境を整え、研究者が「ここで働きたい」と思う環境を作ること。これがディープテックスタートアップの現実的な人材獲得戦略だ。
具体的な補助金の組み合わせや、自社の研究テーマに合う制度の選定は、TORUQ認定コンサルに相談してほしい。ディープテック・研究開発型企業の補助金戦略に詳しいコンサルタントが対応する。